行政訴訟における裁判官の悩み

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行政訴訟における裁判官の悩み

国家賠償請求

国や県などを相手に損害賠償を求める裁判が大きく報道されることがありますが、このように国や公共団体の作用によって生じた損害の賠償を求めることを国家賠償請求といいます。

 

憲法一七条は、公務員の不法行為に基づく国または公共団体の損害賠償責任を明示し、これを受けて国家賠償法が一般的に国家賠償について定めています。

 

国家賠償法一条一項には、国または公共団体の公権力の行使にあたる公務員が、その職務を行うについて故意または過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国または公共団体が賠償責任を負うと規定されています。

 

ここには「公権力の行使」というかたい表現が用いられていますが、実際の裁判例では広く解釈されており、たとえば、公立学校における教師の教育活動も「公権力の行使」に含まれるとされています。

 

また、国家賠償法二条一項には、公の営造物の設置または管理に瑕庇があったために他人に損害を生じたときは、国または公共団体が賠償責任を負うと規定されています。

 

たとえば、神奈川県の厚木基地や石川県の小松基地などの基地の周辺住民が、国に対して騒音被害の損害賠償を求めた裁判が多数おこされていますが、これらは国家賠償法二条一項に基づいて国の責任を追及したものです。

 

 

 

ある事件が発生して、国や県などが訴えられる裁判のニュースがよく報じられますが、一般的傾向として、国などを相手にした裁判はなかなか勝てないといった印象がもたれます。こうした傾向には何か理由があるのでしょうか。

 

憲法上、裁判官は、自己の良心に従って独立して職権を行い、憲法と法律にのみ拘束されると規定されています。したがって、裁判の当事者が国であろうと{般人であろうと関係なく、法律に従って勝ち負けを決めることになるのが建前です。

 

しかし、こうした建前を妨害するおそれのあるいくつかの要因が存在します。

 

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判検交流

一つは、判検交流とよばれる制度です。これは、裁判官と法務省の訟務局職員とが、いろいろな経験を積む目的で人事交流するものです。法務省の訟務局職員とは、行政訴訟が行われたときに国側の代理人になる検事などのことです。

 

過去に国側の立場から物事を考えた経験をもつ裁判官は、行政訴訟において本当に公平な裁判ができるのでしょうか。

 

多摩川水害訴訟で国の責任を否定した判決、カネミ油症訴訟で国の責任を否定した判決、第三次教科書訴訟で原告の主張を退けた判決を書いた裁判官のなかには、それぞれ過去に国側の立場にたった経験のある裁判官が含まれていました。

 

また、別々に被害者住民がおこした岐阜県長良川水害訴訟では、前任の裁判長の判決では被害者住民が勝訴しましたが、裁判長が交代した後の判決では被害者住民が敗訴しました。この後任の裁判長もまた訟務局に勤めた経験がありました。

 

事件ごとの特殊性もありますから一概には論じられないのですが、過去に国側の代理人になった経験があるために、住民などの原告側の弱点が比較的目につきやすくなるのではないか、といった疑念は払拭しきれないところです。

 

そうだとすれば、判検交流によって裁判の公正が損なわれることのないように、より一層の配慮が必要となるでしょう。

 

 

 

裁判官協議会

次に、個々の裁判官の独立性を妨げる要因としてよく指摘されるのが、裁判官協議会の存在です。最高裁判所事務総局が主催する中央協議会には、全国の主要な裁判官が出席して、訴訟手続き上の課題や、判例が確立していない法律問題などについて討議されます。

 

 

この協議会は、裁判官の自由な意見交換の場であって、個々の裁判官の判断を拘束するものではないとされています。

 

しかし、過去において裁判官協議会で示された最高裁判所事務総局の見解が、実際の判決に影響を及ぼしたと見られる例がいくつかあります。

 

たとえば、水害訴訟に関して示された最高裁判所事務総局の見解は、昭和五九年の大東水害訴訟最高裁判所判決に盛り込まれ、原告住民側の敗訴となりました。この判決は、その後の水害訴訟に大きな影響力を及ぼしました。

 

たしかに、同一内容の事件で裁判官ごとに別々の判決を出されては、当事者も困ってしまいます。その意味では、裁判官が合同して研究を行うのは望ましいことでしょう。

 

しかし、単なる「自由な意見交換の場」を越えて、最高裁判所事務総局が自己の見解を個々の裁判官に押しつけるようなことがあってはなりません。裁判官を統制するようになれば、憲法で保障された裁判官の独立は失われてしまうからです。

 

 

もっとも、日々激務に忙殺される現場の裁判官には、じっくりと腰を据えて研究する時間的余裕がないでしょうし、また、出世を考えれば最高裁判所の敷いたレールの上を無難に歩いたほうがよいと言った意識が芽生えても不思議ではありません。

 

「違憲判決は出世の妨げ」となかば冗談まじりにいわれることもあります。裁判のニュースに接するときは、いろいろと悩みながらも悪戦苦闘している現場の裁判官の姿を思い浮かべてみて下さい。

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